四万十で見つけたバットはイチローの魔法のバット??
「そのバット年季入ってますね」
「息子が小さい時に野球やってた時につこうちょったやつやけんね」
「息子は打てんかったから、今農業でつこうちゅう(大笑)」
こんな会話が飛び出してきたのは、とあるスイートコーンを作っている農家さんのところで雑談していた時のことだった。
仕事柄いろいろな農家さんのところへ伺う機会があるが、たまたまスイートコーンの種まきの時にお邪魔した。
その際に話をしていたところ、種をまいた後の鎮圧(ちんあつ)という作業をしていた時にそんな話になったのだ。
鎮圧とはコーンなどの種をまいた後で、種と土がなじむように地面に押し付ける作業のこと。
その時にその農家のおんちゃんはバットを手にもってポンポンとリズムよくスイートコーンの種を鎮圧していった。
「かがんで作業しよると腰が痛ぅなるけんね」
そうおんちゃんは言った。
ちょっと前までは手で行っていた作業だったが、
「立ったまま作業ができる道具がないか」
と探してみたところ、納屋にあったバットが目が留まり、使ってみたら野球ボールを打つよりも大変役に立ったということだ。
このバットはおんちゃんがたまたま見つけたものだったのだろう。
それでも、これが最も作業に適している道具で、納屋の奥にしまい込むよりも大層役に立っているといえる。
そういえば、田舎に移り住んで7年にもなると自分の使う道具にも都会にいたときと比べて
「だいぶ変わったな」
と感じることがある。
都会生活と違って、田舎の生活では自然が相手。
都会のようにモノがあふれるわけではないので自分が使う道具は自分で整えたり作り出したりするようになった気がする。
そうして自分で整えたりして使っていると、愛着もわいてきて大事に長く使うようになった気がするのだ。
最近では草刈り機の刃を新調した。
田舎生活も長くなり、週末にはいそいそと自分の田畑や庭でも草刈り機を使うことが多いため、だいぶ使い方にも慣れてきた。
そして、先人たちのアドバイスによると
「刃は切れるやつでないといかんぞ」
とのことだ。
店に行くと、安い刃もたくさん並んでいるので、つい手に取ってしまいがち。
ただ、安い刃も使い始めならそれなりに切れるから使えないことはないが、やはり切れ味の持ちは悪い。
切れ味が悪くなると、作業に時間がかかってしまうので、疲れてしまうし集中力が落ちるからケガもしやすいとのアドバイスをよく耳にした。
ある時先人のアドバイスに則り、
「そろそろいいもので作業してみるか」
と意気込んで高い刃を買ってみた。
「そんな話をみんながしてくれるってことは、そろそろいいもの使いや」
って言ってくれてるんだろ?
なんて都合よく解釈してみたのだ。
そしてうきうきした気分で使い始めた。
「おお、さすが切れ味が全然違う!!」
「作業がすいすい進む」
そんなルンルン気分で作業していたのもつかの間、一瞬で楽しかった気分が絶望に変わった。
作業しているときに
「チュイン」
と音がしたのだ。
草に隠れていた石にちょっと当たったのだ。
お高い刃が。
その直後から刃ががたがた震えだして、切れ味も安~い刃より切れなくなってしまった。
すぐに近所のおんちゃんに助けをすがったところ、笑いながら
「石にあてたろ?」
そう言われてしまった。
「なんでわかったん?」
と聞くと
「ええ刃は石とか固いもんにあてると刃のバランスが崩れて切れんなる」
「技術がいるがよ」
やはりまだ自分にはええもん使うには早かったようだ。
またある時にシカやイノシシにとどめを刺すための剣鉈(けんなた)という大きな包丁のようなものをもらったこともあった。
よく切れると評判で、地元ではとても有名な鍛冶屋さんが打った逸品。
男の子なら手にした瞬間にテンションが上がること請け合いのぴかぴか加減である。
自分が仕掛けた罠にシカがかかっていることが確認でき、その剣鉈を使う機会がついにやってきた!!
そう思ったのだが、ここでもやはり自分の未熟さが露呈してしまった。
罠にかかったシカを動けないように固定し、
「さあ、シカにとどめを刺すぞ!
という時に剣鉈の刃が変なところにあたってしまい、手には妙な感触が伝わってきました。
その後よく見てみると、せっかくの美しい剣鉈の刃が少し欠けてしまい、近所のおんちゃんに笑われながらその剣鉈の研ぎ方を教えてもらう機械となりました……。
やはり刃物に限らず、道具は大切にそして適切に扱う必要があるし、自分に扱うスキルがないと消耗品レベルの道具にすら劣ってしまうことになるのがこの四万十での田舎暮らしで大変身に染みたように思う。
めちゃめちゃ切れる包丁があったとして、
「フルーツや野菜を切って飾りつけに使えるような模様をつけよう!」
と思っても、いままで練習もしたことがなければ自分の指を切ってしまうのが関の山だろう。
どんなに蓄熱性と保温性が良くて、具材にまんべんなく火が通りますよという良いお鍋があっても、目を離したりかき混ぜないでいればまる焦げになること請け合いである。
まだまだ田舎生活半人前。
優しさから言ってもらうお世辞を喜んでいい気になってしまう前ににもっといろいろと勉強していかないといけないこと数知れず。
イチローの使っているバットを作った名工が作る素晴らしいバットを手に入れたとしても、バッティングの練習をしていなければイチローのように神がかった打率を残すことはできないのだから。